その521 自転車で 2021.11.27

2021/11/27

 コロナ禍で出かけることが減って、めったに自転車にも乗らなくなった。
8月末の暑い日曜、高知大学の朝倉キャンパスのあたりを散策しようと思った。
子供の頃、大学の官舎で育ったもので、時々懐かしくなって行きたくなる。
だが、あの辺りは住宅街でコインパーキングはない。
昔と違って部外者が車で構内に入るのもはばかられるご時世だ。
 
 自転車で行こう、と駐輪場へ行くと自転車がない。
まだ割と新しい、青い自転車なのだが、見当たらない。
ぐるぐると駐輪場を二巡したが、ないものはない。
仕方なく病院のママチャリを借りた。
空気が抜けていて手押しの空気入れを使うと、出かける前から汗がしたたる。
 
 電車通りを西へ。
朝倉キャンパスの東門から、以前に官舎が建っていたあたりを見るが、
当然のように昭和30-40年代の建物はなく、昔からありそうなものは大きな楠だった。
自転車に乗る練習を父にしてもらったのを、あの楠は見ていただろうか。
なんて感傷に一時は浸ったが陽射しが強い。
 
 足を延ばして朝倉駅前から少し西、
朝倉神社の向かい側に当たる、野中婉女宅址へ行ってみる。
ここも車では行きにくい。
野中兼山は土佐藩の敏腕奉行であったが、腕が立つゆえに疎まれ失脚してしまう。
引退後、ほどなく亡くなるのだが、残された家族は四十年の長きにわたって宿毛に幽閉される。
一家の男子が絶えてようやく許され、兼山の妻と娘・婉は古い家臣を頼って朝倉の地に住まうことになる。
 
 車道から南へ少し上がったところに宅址はある。
小松菜のような草が繁っているがよく手入れされている平地である。
日陰がありがたい。
石碑と案内板を眺め、薬の見立てで生計を立てた婉を思う。
まだ、大原富枝の「婉という女」を読んでいなかったから、深くは思えなかったのだが。
 
 車でないと行けない所はあるが、徒歩や自転車でないと行きにくいところもある。
ひょっこり自転車は出てくるかもしれない。
そう言えば駐輪場にあった、青い小さな自転車は、魔法がかけられた私の自転車かも。
いやいや、きちんと鍵をかける、小さくても立派な持ち主の愛車にちがいない。